waka-nuditéのはじまり


8月。アトリエ前の木曽川上では8月10日の花火大会に向けて、8月1日から毎晩10分ほどですが花火が上がる。幕開けへと。

大きな決断をして1週間。決断への波紋。決断すると様々なことが納まる場所へと落ち着き、古い時まで視野を伸ばすと、今の全容が見えてきた。手放す。手放すと見えてくるもの、手放さないと見えないことがあることを知る。

新月の決断から2週間、その変容を見届け確信した満月の日は台風大荒れ。心の隅の微細なものまで祓われたような。清々しく新しい美旗とともに進もうと。あの日からの、そして今後の展望を記したいと思いまます。



決断へと

先月末にある決断に至るまでのこと、そしてその決断からの始まりをお伝えします。

昨年、師匠の日本伝統工芸士・大島紬染色家・生多良(うむたら)が健康状態が悪くなり、染めが乱れ数百枚のストールに事故が起きた。2012年の大病の後遺症。大島紬ならではの白泥染めにも原料の調達問題の危機もあり、昨年は、一人で直しや、それに伴う研究の日々が続いた。問題解決のいとぐちと共に、新しい色の表現をする様々な染めを取得した。そして、今年に入り、今までの3倍以上の時間と工程がかかりますが、新しい方法でストールを染め始めました。色のレシピも、私自身のレシピ作り。若山真由美の染めが始まった。umu-waka時代とは違う、力強い色世界が生まれた。色の降ろし方も変わってきた。そして私自身の手の内、心の内だけでは納まりきらない色達が溢れていた。

自分の手の内だけには納まりきらなくなった溢れる新しい色達。私以外の誰かの視点で、この色達を見て観んじた言葉が欲しい。と思いながら、生きる事のように、息をする事と同じような感覚で染め続ける日々。7月の末、この日も早朝からペールロイヤルブルーを染めていた。龍さんから連絡が入った。



Rue de Ryuオーナー・ 龍 多美子 女史 http://www.ruederyu.com/profile/
私が10代後半、龍さんはトレンドを引っ張るファッション雑誌で、美しい写真と美しい文章の中にあった。その憧れの龍さんとはumu-waka、オーラソーマのご縁から〜



「wakaちゃん、色が切れたよ。色needよ!!そして白泥染のストールが欲しいよ。」と。

龍さんの月末の名古屋出張後、私の地元愛知県、犬山温泉の癒し&アトリエ訪問の旅が決まった。旅の予定を決めた直後、急に空が暗くなり、先月、全国区のTVニュースで話題になった犬山集中豪雨が訪れた。その集中豪雨の中の落雷で、国宝犬山城のシャチホコが壊れ、実家近くと、幼い頃からの遊び場であった東之宮古墳の麓が土砂崩れとなった。東之宮古墳には、現在、国宝犬山城を守る針綱神社が昔あった場所です。何かが目覚めた、何かが地中から蘇った、そんな想像をしてしまうような、不思議な天気の日が続いた。そして、その1週間後。龍さんとの犬山の旅の中で、私の大きな、嵐を呼ぶような決断の時を迎えました。龍さんは、嵐を、目覚めを呼ぶパワーを持っているのでしょうと。


さて、龍の気が満ち溢れているという国宝犬山城下の源泉のある犬山温泉。源泉掛け流しの温泉がある名鉄犬山ホテルで龍さん三昧の夜、美味しい食事で満腹以上となり、そして温泉三昧。


そして、新しいストールの色とそのバイブレーションを、私以外、初めて、その新しい色の全容を見た龍さんからの言葉は、


「もうumuはいないよ。」ブランド名もロゴもumu-wakaごとサレンダー、手放さなくちゃと。

 言葉、文字は宿るからね。と。


午前1時の「お休みなさい」の言葉は「手放すこと」の余韻を残した。


おやすみなさい。の言葉は、手放しなさい。のような。

部屋を暗くして、ベッドに入っても頭が冴える。

umu-waka、うむわかストール、とやっと認知された今。それを手放すのか?

umu-wakaのこの重い十年を振り返る。ぐるぐる思考は回る。

会社の年運は来年「9」だとか、個人は「5」だとか計算したり、

新しいブランド名はどうなる?決めるまでの自分を掘り起こすための重労働、そんなことを考えていたら汗だくとなり、ベッドでは眠れず部屋から出て、

寝静まるホテル館内にある、きれいな庭が見えるソファーで一人、自分を感じてみた。


umu-wakaを手放した自分の未来

umu-wakaを手放した自分の未来を、自身の肉体で感じて味わってみた。

未来軸に合わせて、自分の肉体の感覚を聴く。

肩が軽くなり、自由な広がり。。。。

体に感じる感覚が「真実」を知らせる。


それでも、ブランド名を変えるにしても時間と労力がかかる。徹底的に自分と向き合う容赦のない時間が必要となる。ブランド名が決まったら、そのドメインを取得、それに伴う入れ替えの作業等、様々な事情がたくさん待っている。その膨大な労力に向き合う時間を考えると尻込みをしそうだった。umu-wakaの響きも好き、ロゴを製作してもらった物語もドラマティックだったし、そのロゴも封印?そしてumu-wakaをはじめて十年、会社にして本格的に活動しはじめて9年目。この長い時間に積み上げてきたものを手放すなんて。と思うと、頭がクラクラした。

今年に入って、新しいumu-wakaを作ろうと格闘していた自分。その月日を思うと汗が吹き出る。しかし、手放して新しい美旗を上げると思うと、スッキリした感覚があった。

この日は衝撃で朝まで眠れなかった。次の日はぐったりしていた。それでも、その衝撃の強さ、現れた真実の余震の中、新しいブランド名は何にしようか?とか、ドメイン検索。仮のホームページ、ブログをデザインして、まるでビジョンマップ作りをするかのようにWebにあげてそのニュアンスを見て、言葉を書き綴っていた10日間。

半信半疑ながらも、umu-wakaを手放す覚悟はできていたのだろう。


そして、

一度、手放すと見えてくる

そして、手放さないと見えないこともあることも知った。


umu-wakaを手放し、waka-nudité へと。





waka-nudité ワカ・ヌーディッテ

新しく自身が染めるストールの名前をwaka-nudité ワカ・ヌーディッテと決めました。


nudité ヌーディッテとは、フランス語で「ヌード、裸体」という意味です。

それは、うちのストール色を纏った時、

その色が、纏った方の、つつみかくせない才能や個性、魅力が丸裸で湧き上がること。

そして、その方の生き様、人生の経が織りなす美しさがふわりと湧き上がり輝く。その丸裸の、一糸まとわぬ、その人の佇まいに、「生きることの美しさ」を見る時の感動。


私がストールを染めること、色のお見立てをすること、そのときめきは、そこにある。

一糸まとわぬ、その丸裸の美しさと共にある色。→ http://○○○○○


umu-waka時代は、日本の伝統文化、大島紬と具体的だったので、その目次に沿って自分の心の言葉をそして社会性や使命感も綴っていた。新しい染め方、染め材料も増え、今は自由に、「日本だけの枠」にとらわれないで染められるという自由がある。そして、ワンワールド。世界中の人の色は共通。だから、外国語を選び、響きの良いnudité(ヌーディッテ)と決めた。日本語もフランス語も英語も色んな国の言葉で色名を作っていこう、チャンプル(沖縄の方言でごちゃ混ぜ)でファジーにwaka-nuditéは表現していこうと思っている。

waka-nudité  、そしてwaka-nuditéと決めた時、アトリエにある色たちの顔が「waka-nudité」になっていた。



nudité-japon ヌーディッテ・ジャポン

waka-nudité の中に、nudité -japon の部門を置き、そこに umu-wakaを置く


2007年、日本伝統工芸士・大島紬染色家・生多良(うむたら)との出会いがなかったら、今の私はいない。そして今の、この決断さえない。

たくさんの職人さんたちの顔。織工のおばあちゃん、締めバタ職人のおっちゃん達の顔。職人さんから頂いたヤクルトタフマン。大笑いの職人さんの忘年会。職人さん達の心意気に助けられたこと、織工のばあちゃんの涙。大島紬の栄華盛衰、歴史文化、生き続けるその文化界隈の人々の魂。大島紬を通して奄美、琉球の歴史文化から日本のことを探求した事。西陣織・山口伊太郎氏の源氏物語絵巻の個展にて生多良の色を季節の終わりの色まで、この腕で作っていこうと決めた時のこと。そして何よりも、大島紬のピンの色を、その色の成り立ちをこの目で見て触れた時間。肌身に、この体の中に、日本の真髄の色を刻んだ私の角膜。umu-wakaの、重いその時があるからこそ「waka-nudité」へと移行することができる。真髄にある核がumu-wakaの十年。感謝と敬意をと。


「waka-nudité 」の中に、「nudité -japon 」の部門を置き、そこに umu-wakaを

生多良が染めた残り少ないストール、そして、大島紬ならではの「白泥染めストール」「大島紬反物」をwaka-nudité の中で表現しいく。



waka-nudité の日本の表現

うちのストールの布地を織ってくださる古くからの絹織物産地、日本ならではの繊細を極めた職人技を束ねる織元さんの美しい物作り。また、Exhibition、ストールフェアの開催で全国を巡った時に、その地方ごとにある織物文化などを巡った。織物は祈りであると知った。

そして染めの研究からたどり着いた日本の様々な文化。今も探求中だ。若山真由美、個人としても能の世界を少しだけ学び初舞台を踏むことができた。能の精神性、神々に近いその文化は奥が見えないほど。

日本の文化を、waka-nudité スタイルで表現していくnudité-japon

それは先の楽しみでもある。カテゴリーにこだわらず、waka-nuditéの視点で、私自らの表現で作品や、言葉を発信していこうと考えている。




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