花蛹色・hananagi-iro


花蛹色・hananagi-iro 

一度咲いた花が、蛹になり、

新たに美しく咲くための変容の時の色。 


幼虫から蛹になると、

蛹の中では、自ら酵素を出し、自らの組織を溶かし液状化する。(呼吸器以外)


人という花。人という花も一度、美しく咲き、

また人生の新たな季節と共に、変容し新たな花を咲かす。

人生の春夏秋冬。


人が変容する時は、様々な感情が溢れ揺らぐ。

感情は、時として水として例えられる。

感情という液体は、蛹となり、

新たに大輪の花を咲かせ、翔び立つ時を待つ。 




花蛹色が生まれたのは、2012年。

人それぞれだと思いますが、人生の中で大きく変化をする時を迎えますが、

私は、40歳の時に20年間、続けてきたデコレーターや、デコレーターから派生した

プロデュースの仕事などを全て辞めた。住まいも、仕事場も引っ越し、7年程、お付き合い

をしていた男性とも別れた。自分の心がYESと言えないこと、全てにピリオドを打ち

色の人になりたい。のプロセスが始まり、43歳の時に、師匠の大島紬染色家の生多良(うむたら)

と出会い、umu-wakaを始めた。


2012年、48歳の頃、やっとumu-wakaが形になった。

40歳からの8年間は、生活苦やら、母危篤やら、様々な苦味を味わうような日々だった。

花蛹色が生まれた2012年。


「 蝶が蛹から返って美しく舞う姿は、まるで芋虫だったことなんてなかったよう。

 だから人も変容して蝶々になった時は、芋虫で大変だったなんて言わないから、 

 今だけ花蛹色の中にいる時だけ、汗と涙と一緒に、、、。」


と大輪の花を咲かせようと待つ時でした。



青みのあるオリーブグリーン。

マゼンタの染料を少しだけ配合したこの色が、40歳代の花蛹色。

40歳代の、アクセルをベタ踏みして、心の肉体労働者のような時代を経て

そろそろ咲かせるかな時を迎えた時の心色でした。




春夏秋冬。50歳代の花蛹色


現在、私は54歳。

4年前の50歳の時に、実家を出て23年暮らした名古屋から戻り、

80歳になった母と同居することになった。

この故郷へ戻るプロセスは、映画のような出来事があったから。

銀幕のスターだった、昔、主演俳優を演じた、実の叔父までが、その私の大きな転換期を

彩ったので、映画感が増したルーツ開示の大きな出来事から始まった故郷帰り。


この故郷へ帰るプロセスから、

故郷に戻ってからの日常は、液状化で一度、自分が溶解するような日々でした。

たくさんの感情。

悲しみから始まり、美しくない感情、怒り、無情。そして諦め。

まさしく、この4年間は蛹の中の液状化。


今回、とても染めたかった色が、この色。

イメージ通りの、背後に赤みのあるイエローが光るオリーブグリーン。

ジャスト!!!心からリスペクトする美しいオリーブグリーン。







この色は、

まさしく今の自身の蛹からの変容色のように感じた。


悲しみから始まり、美しくない感情、怒り、自責、無情。そして諦め。



そこを超えて、人生の後半戦、秋の始まりに

悲しみ、怒り、自責、無情。そして諦めの中にいながら、

自身の後半戦の未来を描こうとする輝きの色。





この4年で、肉体的にも、物体的にも、意識的にも大きく変わった。


54歳になった私。

84歳の母。



84歳の母を見ていて、

つくづく、80歳代の変容、蛹化を、娘である私自身が、今は普通に受け入れている。

いや、達観している。


そして

それぞれの時代、それぞれの年齢的な季節ごとに、花蛹色(はななぎ色)がある。


そして対面する母親の花蛹色は、

受容する側の自身の心のケアにもなる色でもあると感じた。






今回の名古屋でのExhibitionでは、

各季節の、その時代ごとの花蛹色のストールをお披露目しようと思っています。






waka-nudité Debut Exhibition @名古屋本山

日時:8月24日(金)〜26日(日)   11:00〜19:00 

場所:FLOAT 名古屋市千種区四谷通2-8 YOU YOTSUYA 3F 

http://floatmotoyama.wixsite.com/float    


地下鉄東山線5番出口を右方向へ徒歩5分。    

駐車場はございませんので近隣のコインパーキングをご利用下さいませ。  


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